●「病院で行われる補完療法~英国と日本~」●
≪Life takes it out of you –Massage puts it back!≫
IMSI講師 鈴木 希
はじめに
2015年、ロンドンにあるロイヤルフリーホスピタルで初めてキース・ハントさんとお会いし、総合病院で行われている補完療法とアロマセラピーについて学ばせていただいてから、ご縁が重なり、2016年は、研修ツアーに同行し、そして今年、2017年は、ロイヤルフリーホスピタルの補完療法チームリーダーであるキースさんの2度目の来日が叶い、セミナーを開催することができました。
ロイヤルフリーホスピタルでは、年々、補完療法の実施回数が拡大しており、素晴らしい功績を残されています。私の病院内でのボランティア活動も、ロイヤルフリーホスピタルで学んだことを活かしながら活動しています。患者さんとお話する際に、キースさんの会話法を参考にしたり、施術中も頻繁に表情を確認しながらセラピーを行ったりと、改めて、小さな行動から見直しています。
患者さんと接すること、お体に触れること、ご要望に適切に対処すること、いずれも工夫の繰り返しですが、ロイヤルフリーホスピタルでの学びや、キースさんが教えてくださる考え方や患者さんとの向き合い方は、学ぶべきことがとても多いです。
ときに垣間見える表情やお体の状態に触れたとき、私は今この時間、精一杯、心と身体をほぐしたいという気持ちに駆られ、出来うる限りの大きなハートを贈ります。それも、ロイヤルフリーで実施しているセラピストの方々の姿勢を見て学びました。アロマセラピーを学びたい方や、今学んでいらっしゃる方から、病院で行うアロマセラピーについて、よく質問を受けます。英国と日本の補完療法での経験から、日ごろ私が心がけていることなどを、お伝えします。
ロイヤルフリーホスピタルで実施されている補完療法
大切なポイント その1
患者さんとの距離感、付き合い方の心構えを徹底しておくこと
患者さんに寄り添い、心身が少しでも穏やかに、快適になるように、フィジカル面と、メンタル面の両方に注意を払っているロイヤルフリーホスピタルの補完療法チームですが、時には、セラピストとして寄り添うことに悩んだり、患者さんとの接し方に難しいと感じたり、さまざまな「心の迷い」と直面することは、どのセラピストさんも経験することだとそうです。
「どの患者さんにもいつも愛情を持って、生きる勇気や元気を贈りたい!」
そう思って一生懸命に頑張ろうとすると、限界を感じることがあるかもしれません。
キースさんは、患者さんとの接し方に、ルールを持ち、良い意味で、距離間を保つことを教えてくれます。
- 医療現場で活動することは、個人サロンとは違うということをわきまえる。
- 医療チームと協力はするが、医療の代わりをしているわけではない。
- 医療チームからの指示、例えば圧の加減や施術部位などを決してセラピストの判断で変更しない。
- 公平、中立を保ち、患者さんの期待に応えようとし過ぎない。
- 希望しない患者さんには、無理に勧めない。
一人の患者さんに、エネルギーを注ぐあまりに、あるいは良かれと思ってしたことでも、医療チームとの約束を破ってしまったら、信頼関係が崩れてしまうことに繋がります。1件のケースにより、その先に待っている方々のサポートができなくなってしまうことは避けなければならないことです。そこにボランティアといえども、プロフェッショナルな意識、客観性を常に持つことが大事だとするキースさんの意見は、私も常に心がけています。
あるいは、セラピストは、患者さんに寄り添って、元気を贈りたいという気持ちがとても大切です。そのことに一心になり過ぎるあまりに、かえって自分自身のコントロールが難しくなるときもあります。
- 自分自身の心身のケアを怠らない。
- 家族や同じセラピストなど、気軽に相談できる人が必要。そして、その人たちも、同じ悩みを抱えているかもしれない、お互いに相談しあい、支えてあげること、良い関係を築く努力をすることが大切。
- 自分にあったペースで活動する。
このことをしっかり考えておく必要があります。
大切なポイント その2
患者さんへのトリートメントのメリットを最大限に活かせるよう工夫する
患者さんに補完療法を提供することには、さまざまなメリットがあります。
[身体的メリット]
- 疝痛緩和
- 不快感の緩和
- 化学療法や放射線療法の副作用を軽減する
- 免疫機能を穏やかに活性化する
- 睡眠補助
- 筋肉の緊張をやわらげる
[心理的メリット]
- リラクゼーションを促す
- 病院への不安感を和らげる。
- 生きるエネルギーになる。
- 患者さんが楽しみにする事が増える。
- 前向きな気持ちにし、元気を与える。 など
これらは、セラピストが病院で活動することの大きな意義になります。患者さんに合わせて、施術部位や時間は調整が必要になりますが、基本的には、受けたいと希望する方、受けたほうがより良いという方に対し最大限サポートができるように、考えていきます。
「感染症だから、施術ができない」、「足と腕しか施術はしない方針だから、背中を希望する患者さんにはできない」というふうに、こちらの考えだけで、メリットを受けられない患者さんがいることは、とても残念なことです。
[工夫すべき点]
- ドライハンドだったらできるのではないか
- 感染を防ぐため、グローブを着用すればできるのではないか
- 施術部位は、脚、腕、背中、腹部、肩、首、顔、ヘッド、柔軟に対応できないか
- 時間を短縮したり、日数の間隔を空けてみてはどうか
など、なるべく施術が受けられるように、医療チームと相談していく姿勢が大事です。施術中は、患者さんの表情をよく見ながら行います。私たちセラピストが笑顔でいることもとても大切です。
ロイヤルフリーホスピタルでは、手術直前に、脈拍や心拍を落ち着かせるためにセラピストが呼ばれることがあります。また、医師から病状についての告知を受ける前に、緊張をとったり、強い気持ちを持ってもらうために、施術を行うこともあります。
どのような目的で患者さんに施術を行うのかは、病院によってもルールが異なるでしょう。医療チームがセラピストに期待すること、私たちが行うこと、できることは何か、双方の意思を確認し、ルールを決めておく、そして前向きにルールを変更できる信頼関係も必要でしょう。チームとして行動していることを自覚することも大切であるとキースさんは教えてくださいます。
日本の病院で補完療法としてアロマセラピーなどを行うことは、現段階では、ボランティアで行うことも多いですね。ボランティアでも、心構えは同じです。
セラピストは、施術をしようと決めたときから、誠心誠意ベストを尽くし、柔軟に対処していくことで、、環境や組織を良くしていく種まきに繋がっていきます。前向きに、そして謙虚に、実直に。キースさんは、今の環境を築くまでに、20年以上の実績を積まれています。地道な行動が実を結ぶとは、まさしくこのことですね。
キースさんから学ぶ、補完療法のあり方
16歳からロイヤルフリーホスピタルでスタッフとして働き、患者さんや医療チームの心身のケアのために尽くしてこられたキースさん。女性では、ナイチンゲールやマザーテレサのような、ケアが必要な人に一生を捧げ、世界的に有名な方はいるけれど、男性では、キースさんしか思い浮かばない、というくらい尊敬できる方です。
常に、謙虚で、
時には、父のような懐の広さがあり、
時には、母のような愛情があり、
時には、ユーモアたっぷりな笑いを誘います。
セラピストは、自分の考えに固執し過ぎてもいけないし、人の上に立っているような奢りもいけない。
その考えのもと、患者さんによりよいセラピーを提供するということだけでなく、医療チームからも信頼してもらえるような、組織作りにも積極的に貢献されています。
日本の総合病院でのボランティア活動
私は、まだ経験が浅いですが、日本の総合病院でのケアを始めて2年、さまざまな患者さんと出会い、リフレクソロジーやタッチングセラピーを行ってきました。
1回に30分、施術部位は足が主ですが、患者さんの希望や医療チームの許可のもと、肩や腕、ヘッドも行います。反応はさまざまで、とても楽しみにしてくださる方、緊張されている方、礼儀正しくて、こちらが恐縮してしまうこともあります。お体に触れることは非常に繊細であると考え、普段行う施術以上に、タッチングには意識を集中させています。私の活動に興味を示してくださる方は、積極的にお話してくださる方もいるし、全く話さず目を閉じている方もいます。施術中の反応はさまざまですが、 施術を受けるということに、患者さんがとても集中されるので、私の施術を心から味わってくださっていることを、普段の施術以上に感じます。
担当する診療科は、泌尿器科や消化器科、循環器科、女性疾患、産科、が多いです。時々、小児科に伺うこともあります。施術中の状態には注意を払いますが、病気については、あまり意識していません。
お辛いと感じるところを確認し、許可された部位の範囲で、施術を行います。 浮腫みや足の冷えは、悩まれている方が多く、足のリフレクソロジーは、とても喜ばれます。
施術をしていて、思うことは、触れるということが、想像以上に癒しを与えるということを強く実感することです。患者さんの気持ちが落ち着き、軽くなっているのも終了後の会話で感じたりします。
施術をするうえでは、筋肉の構造や、リンパの流れをよく学び、イメージして行うことが大事です。ただ触れていることでも充分に喜んでいただけますが、適切に筋肉の走行やリンパの流れに沿って行うと、反応もとても良く、浮腫みの改善に繋がっていきます。
患者さんと接する時は、明るく、しっかりと自分の名前を名乗り、これから何をするのかを説明し、患者さんの意志をもう一度確かめます。リフレクソロジーやタッチングという言葉では、理解してもらえないことも多く、「お辛いところを30分お揉みする、ボランティアです。」と言ったりします。
そして、医師や看護師ではないことも、明確に伝えます。治療行為ではないということを理解してもらうためでもあります。
今までに、トラブルはありません。むしろ、とても喜んでくださいます。 次は、いつ受けられるのかと聞かれたり、毎日お願いできないか、と依頼されたりもします。病院とのルールを守りながら、可能な範囲で施術をしています。
時には、いつも以上に緊張して疲れてしまったり、妙に患者さんのことが気になり、ずっと考えてしまったり、腰を痛めたと感じることもあります。自分自身のケアが充分にできていることがまず大前提で、活動する前後は、コンディションを整えることを心がけます。
患者さんへのケアは、とても学びの多い機会です。1回の施術が、何倍もの経験となって、自分を成長させてくれます。そして、その経験が、次に行う施術に必ず活きてきます。患者さんの笑顔や元気になった喜びを、感じることで、私自身もエネルギーを得ています。
日本で実施するうえでの考え方
セラピスト活動を病院で行ううえで、日本とイギリスでは、文化や習慣の違いを考える必要もあります。
私が考える考慮すべき違い
- イギリスは、アロマセラピーで使われる芳香植物やハーブを身近に感じる環境であるため、病院で精油を使っても、香りに対して抵抗する人が少ない。
- 西洋ではオイルトリートメントは、ローマ時代やそれ以前から既に行われていたものであり、オイルを身体に塗布することに抵抗する人が少ない。
- ハグや頬に触れる挨拶に習慣としてあるため、人に触れて愛情を感じる感覚に親しみがあり、慣れている。
- 男性、女性の別を日本ほどは気にしない、セラピストが男性でも、女性でも受け入れられやすい傾向がある。
日本でも補完療法で行うアロマセラピートリートメントはとても人気があります。病院や介護施設などで、比較的高齢の方は、精油の香りとオイルトリートメントを楽しむということに慣れていません。
そういう意味では、できないと決めつけるのではなくて、その良さをお伝えするために、工夫と努力、時間も必要ということです。
たとえば、
- 患者さんや医療チームを対象に、デモンストレーションを行う
- 香りだけを楽しんでいただく機会を設ける
- 男性と女性、どちらのセラピストがいいのか選択できるようにする
- ドライハンドで行う施術も受けられるようにする
補完療法としてアロマセラピーを行うことは、とても素晴らしい取り組みです。 だからこそ、その素晴らしさを上手に伝えられる工夫がセラピストに求められています。
「アロマセラピーってなんですか?」
「精油ってなんですか?」
「オイルトリートメントはどうして良いのですか?」
「補完療法での目的はなんですか?」
そんな質問にも、自信を持って答えられるように、準備をしておくことが大切ですね。
ロイヤルフリーから学ぶこと
ロイヤルフリーホスピタルでは、「全ての診療科を対象に、補完療法を行う」、というスタンスで、どんな患者さんに対しても、希望する全ての患者さんには、毎日施術ができるように、医療チームと協力し合い、病状やその日の体調の変化などの連絡を密に取る仕組みを工夫しています。
患者さんがトリートメントを受けて、気持ちが落ち着くと、ナースコールの回数が減る、家族にイライラをぶつけることが少なくなるなど、周囲に対しても、とても良い効果があります。この病状の方はできない、とか、前例がないからやめておこう、というスタンスではなく、何かできる補完療法はないか、という視点で、多くの患者さんの気持ちに寄り添えるよう努力する体制は、とても勉強になります。
患者さんだけでなく、ご家族、病院スタッフも、セラピーを受ける対象に
もともとキースさんは、病院スタッフのストレスケアが目的で、トリートメントを始めたそうです。 それがとても良い結果をもたらし、1人の医師から、患者さんにも提供できないかと言われ、患者さんへの補完療法がスタートしました。そのこともあり、病院スタッフや、患者さんのご家族へのケアも大切にされています。
私が研修を受けていたときも、一人の看護師が、セラピーを受けたいと補完療法チームを訪ねていました。患者さんが亡くなられても、その後のご家族のケアをもう何年も続けているというケースもあるそうです。患者さんを支えるということは、ご家族にとっても、医療スタッフにとっても、エネルギーが必要なこと。セラピーを受けることで、心や身体のケアができ、前向きなご家族や医療スタッフから元気をもらうことこそ、患者さんへの影響は大きいとおっしゃいます。患者さんが明るく過ごせるように、サポートする側の気持ちにも寄りそうこと、その大切さを組織全体が共有できていることは、素敵なことですね。
ここまで、病院で行う補完療法について、英国や日本での学び、経験の中から、お伝えできることを載せてみました。
≪Life takes it out of you –Massage puts it back!≫
キースさんが教えてくれたメッセージです。上手な訳ができませんが、「生きるということは、体力、気力を使い、大変なことだけれど、マッサージは、失ったエネルギーを取り戻すことができるよ。」 と解釈しています。
ここでいうMassageは、セラピーを受ける方だけのことではなく、セラピスト活動もエネルギーを使うけれども、患者さんやご家族、スタッフに喜ばれ、彼らが笑顔になれば、それによって、喜びやエネルギーが戻ってくる、というメッセージも込められていると思っています。
私たちセラピストは、慈愛の精神や、やりがいという言葉に大きく左右されることがあり、活動に迷いが生じることもあります。だけれど、セラピーを提供した後、自分自身も癒され、感動したり、喜びを感じたりすることもたくさん経験します。そして、もっと多くの方を元気にしたいというエネルギーが生まれてきます。愛のパワーなのでしょうか♪ 相手を尊敬し、慈しみ、そしてそのことを喜ぶことができるハートを私たちが持っていることに感謝しながら、長いセラピスト人生、まだまだ学びと経験を積んでいきたいと思います。
国際プロフェッショナルアロマセラピーディプロマコース<英国IFPA資格対応>
http://www.imsi.co.jp/course/aroma/diploma.html
英国IFPAアロマセラピーオープンキャンパス
http://www.imsi.co.jp/session/