●オランダの医療現場におけるアロマセラピー事情●
~マデレイン・ケルホフ氏インタビュー~
2020年(IMSI学院長 冨野玲子)
「“医療現場におけるアロマセラピー”と言えば、香りとタッチングによる心理的な作用にフォーカスすることが多いが、オランダでは、心理面と同様に身体面への作用も重視され、患者さんの回復を促進させるために積極的にアロマセラピーが行われている」。
そんな情報を入手し、調べていたところ、オランダの医療現場におけるアロマセラピーの第一人者であるマデレイン・ケルホフ氏とご縁がつながりました。
この度、マデレイン氏にインタビューをする機会がありましたので、ご紹介します。
全人的なケアを求めて、看護師からセラピストに転身
看護師として病院で働きはじめてすぐに、症状に対してのみ治療を行っていく現代医療にフラストレーションを感じるようになりました。もっと患者さんに寄り添うような、全人的なケアをするべきだと考えるようになったのです。そこで、わずか3年で病院の仕事を辞めました。
ホリスティックな医学を学ぼうと、まずはオランダでハーバリストになるための勉強を始めました。その後、ブルガリアのメディカルスパで、セラピストとしての職を得て、アロマセラピーマッサージ、水の中で行うウォーターセラピーなど、様々な手法を活用したケアをクライアントに提供していました。その後ドイツに渡り、更に自然療法の学びを深め、1998年に母国のオランダで、アロマセラピストとして開業しました。
前職が看護師だったため、クライアントの多くは、癌などの重い慢性疾患を持つ方、認知症の方、緩和ケアが必要な方達でした。そこで、自分自身が長年理想としていた、患者さんの感情面のサポートを大切にしながら、丸ごと支える「補完療法としてのアロマセラピー」を提供し、経験を積んでいきました。
その頃から、病院に勤務する看護師たちから「アロマセラピーを病院で取り入れる方法を教えてほしい」という依頼を受け、アロマセラピーのクラスを開講することになりました。2010年に、Kicozo (Kennisinstituut Integratieve & Complementaire Zorg in de Zorg)を設立し、現在は、医師や看護師などの医療職の方と、セラピストなどの健康の専門家の方達が多く学びに来ています。
医療と患者さんの架け橋となるアロマセラピスト
癌の患者さんは、通常、病院に行き、手術や化学療法、放射線療法など、従来の医療を受けることになるでしょう。でも、医師は、ホリスティックな視点で痛みや苦痛を取り除く自然療法については詳しくはありません。
例えば、放射線療法の後に起こる皮膚炎に対して、どの精油を、どのように使うのが良いといったアドバイスは専門外のことです。一方、セラピストは、全人的なケアをする自然療法の専門家ではありますが、癌の患者さんがどのような病状にあり、どのような治療を受け、その副作用がどのようなものであるかは、詳しくは知らないでしょう。
私たちが目指すのは、医療のことも自然療法のことも、両方熟知している、架け橋になることのできるアロマセラピストです。そのようなアロマセラピストこそが、患者さんを本当に理解し、寄り添い、患者さん中心に据える全人的なケアを行うことができるのです。私たちは、単に患者さんの気分を良くするだけではなく、また痛みや苦痛を緩和するだけではなく、自然療法を使って患者さんにパワーを与えることができるセラピストなのです。
大切なのは、患者さんを「受け身のお客様」にしないこと
私たちが現場で行っているケアでは、セラピストがアロマセラピーを「する側」、患者さんがアロマセラピーを「受ける側」と決めつけることはありません。
もちろん、アロマセラピーの応用の一つとして、アロマセラピーマッサージも行いますが、私たちの仕事は、患者さんが、必要な時に自分でアロマセラピーのセルフケアが行えるよう、サポートしていくことなのです。
実際に行う手法は、吐き気や気分のむかつきといった症状にはアロマパッチ(精油を垂らして胸元に貼り付けるシール)やインヘーラー(吸入器)を使って吸入をしたり、循環促進にはフットバスを使ったり、皮膚症状の改善にはクリームやジェルなどの基材に精油を混ぜて塗布したりなど、様々です。
患者さんの症状や悩みに応じて、最適な手法を使い分けています。
大切なことは、患者さんを、ただアロマセラピストの訪問を待っている「受け身のお客様」にしないということなのです。
私たちが患者さんに情報を共有し、教育をすることで、患者さん自身の「これをやりたい」という気持ちを引き出すことを大切にしています。
そのような気持ちを持ち続けることで、生きることにも前向きになれるのです。
CO₂エクストラクトを医療現場におけるアロマセラピーで活用
ハーバリストとして活動をしていた時に、ハーバルサプリメントの一つとしてCO₂エクストラクトのことを知りました。CO₂エクストラクトは、元々食品フレーバー用に製造されていたものでしたが、香りがとても良いため、香水産業でも使われ始めていました。
私は、試しにジンジャーのCO₂エクストラクトを患者さんの吐き気止めに使ってみたところ、水蒸気蒸留法で抽出された精油を上回る、素晴らしい効果を感じることができました。製造業者からCO₂エクストラクトの分析表を取り寄せると、水蒸気蒸留法で抽出されたジンジャーの精油とは違う成分が含まれており、それが吐き気の緩和に役立っているのではと推測しました。
その後、ターメリックやブラックペッパーなど、他のCO₂エクストラクトを使い始めてみたところ、驚くべき効果があることが分かりました。特に、痛みや吐き気の緩和には、CO₂エクストラクトは非常に効果が高いと感じています。
他によく使うCO₂エクストラクトは、ラベンダートゥルーです。ラベンダートゥルーのCO₂エクストラクトは、ラベンダートゥルーの精油よりも、もっと植物そのものの強い香りが感じられます。私は、認知症の患者さんには、ラベンダートゥルーの精油ではなくCO₂エクストラクトを使うようにしています。もしハーブガーデンを訪れたことがある患者さんであれば、ラベンダーの香りを嗅いだことがあるでしょう。その香りを思い出すことで、記憶を蘇らせるきっかけになることもあるのです。
CO₂エクストラクトと精油の使い分け
CO₂エクストラクトではなく、敢えて精油を選択することもあります。例えば、ペパーミントの精油は、メントールの含有率が50%近くあるのに対して、ペパーミントのCO₂エクストラクトは25%程度です。
そのため、鎮痛作用などメントールの効用を重視するのであれば、CO₂エクストラクトではなく精油を使います。このように、目的や用途によって、精油かCO₂エクストラクトかを使い分けています。
心理面のケアについて言えば、ローズのCO₂エクストラクトも使います。ローズのCO₂エクストラクトは、ローズアブソリュートのように強い芳香を持ちます。
アロマセラピストの皆さんならご存じだと思いますが、溶剤抽出法で抽出されたアブソリュートは、毒性の強い溶剤が残留している可能性がありますので、私たちのようにデリケートな患者さんを相手にしているアロマセラピストは、決してアブソリュートは使いません。
オランダの医療現場におけるアロマセラピーの様子
オランダで、最もアロマセラピーが活用されている現場は、ホスピスです。多くホスピスはチャリティ財団により運営されているため、精油やCO₂エクストラクト、その他の材料もホスピス側が用意してくれるのが通常です。そのため、患者さんは無料でアロマセラピーのケアを受けることができます。
また、多くの介護現場でも、アロマセラピーが活用されています。訪問看護の現場では、看護師が家族の要望を聞いて、スキンケアやインヘーラーの使用など、その状況に合わせたアロマセラピーの活用法を家族に伝授するということも良くあります。
一方で、一般の病院や病棟でアロマセラピーのケアを行うということは、まだ多くはないという現状があります。これは、日本も似ている状況かもしれません。医療資格を持たないアロマセラピストが病院の中で職を得ていることはまだ多くはなく、看護師は看護の業務で忙しいからです。
それでも、この10年間でだいぶ状況は変わってきたと思います。その背景には、一時的な症状改善のために薬を投与することで、症状を悪化させたり合併症のリスクを高めたりするよりも、むしろ患者の幸福感を高めながら、患者さん中心のケアを行うべきだという認識が広がってきているのです。そのためにアロマセラピーが大いに役立つということは、多くの医療従事者や患者さんが認識しはじめています。
アフターコロナの時代においてのアロマセラピー
新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、人々の生活やマインドが大きく変わっていったことは、言うまでもありません。ただ一つ言えることは、私達アロマセラピストは、人の健康と幸福、そして人生に貢献できるということです。
そして、これからの時代、世界的に統合医療が主流の医療となってくる中で、アロマセラピーは益々求められていくということです。医療と患者さんの架け橋となるアロマセラピストは、これからの時代こそ、大変な価値と責任ある仕事なのです。
そのためには、アロマセラピストは精油の科学的な側面やエビデンスもしっかりと学んでいかなくてはなりません。タッチングが重要であることは言うまでもありませんが、アロマセラピーはタッチングができない状況でも、大いに効果を発揮してくれるということは、既に証明されているのです。
医療現場でアロマセラピーを活用したい方は、こちらをご覧ください。
メディカルアロマセラピーの現状
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