SEMINARS & EVENTS

●英国IFPAアロマセラピー オンライン カンファレンス●
~「新世代のアロマセラピー」~開催報告
2020年(IMSI学院長 冨野玲子)

2020年8月17日~31日、英国IFPA(国際プロフェッショナルアロマセラピスト連盟)主催のオンラインカンファレンスが開催されました。私も実行委員の一員として関わらせていただきました。これまで、IFPAのカンファレンスは、補完療法の歴史が長いイギリスならではのアロマセラピーの臨床報告や精油研究に関する講演が多く、イギリス国内で開催されてきました。

2020年のカンファレンスは、IFPA史上初の東京開催が決定しており、イギリス、アメリカ、スイス、中国など海外から多数の講演者や関係者が来日する予定でしたが、新型コロナウイルスのパンデミックに伴い、ウェブカンファレンスへの変更となりました。

結果としては、オンライン上で日英2つの言語で開催された初の大規模なアロマセラピーカンファレンスとなり、日本、イギリス、アイルランド、フランス、ポルトガル、ドイツ、スイス、ベルギー、チェコ、スロバキア、ポーランド、ハンガリー、ブルガリア、ロシア、リトアニア、セビリア、クロアチア、アメリカ、ブラジル、アラブ首長国連邦、イスラエル、中国、台湾、香港、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、オーストリア、マレーシアと、世界30ヶ国から350名以上のアロマセラピスト、研究者、補完療法の専門家などが参加しました。

今回のカンファレンスのテーマは、「新世代のアロマセラピー」。アロマセラピーが身体と心の健康増進に良い働きかけをすることは周知の事実ですが、今回のカンファレンスでは、このテーマに相応しく、これまであまり知られていなかった新しいアロマセラピーの研究や実践に関する発表が行われました。5名の講演者の講演概要をご紹介します。

「かおり成分の吸入がもたらす効果」佐藤忠章氏・国際医療福祉大学薬学部准教授、薬学博士

アルツハイマー型認知症、不安、ストレス、脳疲労など様々な症状に対するアロマセラピーの科学的解明に向けて多数の基礎研究を行う日本の第一人者である佐藤氏の講演は、「アロマセラピーはもっと医療現場で使えるはずなのに、何故広まっていないのだろう」という疑問に対する明確な答えから始まりました。

アロマセラピーが科学的に解明されにくく、医療現場での活用を困難にしている理由として、下記の3つが挙げられます。

  1. 精油成分が揮発性を有していることから定量的な制御が困難である。
  2. 嗅覚を介する神経学的伝達による経路と、血液を介する薬物学的伝達による経路の2つの経路が存在するなどから作用機序の特定が困難である
  3. 臨床研究におけるプラセボ効果の排除が困難である。

佐藤氏の講演は、このようなアロマセラピーの科学的解明を困難にする理由をひとつひとつ排除した最適な研究装置と実験方法を採用しながら、精油を吸入することによる抗不安作用や抗ストレス作用など脳への作用を明らかにしました。今後、アロマセラピーが科学的に解明され、医療機関においても積極的に治療目的で利用されるようになることが期待できるような内容でした。

「懐かしい香りを用いた回想の脳メカニズム」大場健太郎氏・東北大学加齢医学研究所 人間脳科学研究分野助教・博士(学術)

「懐かしい」という感情は、気分、自尊心、社会的つながりの感覚、楽観性、人生の意味付けを高めるなどの心理効果があることが明らかにされ、臨床においては、認知症の周辺症状緩和を目的として行われている回想法で重要な要素とされています。香りによる記憶想起体験をきっかけに「懐かしさ」についての研究を志したという大場氏は、記憶想起の脳メカニズムや回想による心理効果ついて調査する中で、香りを用いた回想の脳メカニズムに関する研究を行っています。

大場氏の研究では、和の精油の香りを嗅ぎながら機能的MRIを用いて脳内の活動を撮影するなど画期的な方法が用いられており、講演では、懐かしい気持ちで過去を回想することが、楽観性などの未来思考に与える効果も検証されていることから、その人にとっての懐かしい香りを嗅ぐことが認知症の症状緩和や心理的にプラスの効果を与えることに役立つと述べました。アロマセラピーが今後益々加速していく高齢者化社会において貢献できるということが伺える内容でした。

「患者のスピリチュアルペインに寄り添うアロマセラピストの可能性」中村智美氏・英国IFPA理事・英国IFPA/IFA認定アロマセラピスト・NPO法人日本アロマセラピー福祉サポート協会理事長・(株)木花代表取締役・真宗僧侶・修士 法名:釋 智諒(しゃく ちりょう)

アロマセラピストであり僧侶という異例の経歴を持つ中村氏は、病院内の緩和・終末期ケアの分野において、仏教の智慧とアロマセラピーを活かしながら、患者と家族のスピリチュアルケアを行っています。中村氏の講演のテーマである「スピリチュアルペイン」とは、全人的苦痛(トータルペイン)である肉体的・精神的・社会的・霊的(スピリチュアル)の4つの苦しみの中で根源的なものと捉えられており、「自分とはなんだろう」「何の為に生きているのだろう」など、生きる意義と目的、存在の意義に対する苦しみから、「魂の痛み」とも表現されています。

中村氏は講演の中で、病気、老い、死の苦しみ、様々な思いや避けられない出来事に対して、よりよく生きるための智慧であると言われる仏教の視点から、臨床現場で活動するアロマセラピストが、患者や家族のスピリチュアルペインに寄り添うことができるアプローチ方法の1つである「心と心の対話」そして「ともに生きる」という姿勢について紹介しました。医療や介護、福祉などの現場にアロマセラピーを取り入れたいセラピストや既にこれらの現場で活動をしているセラピストにとって、患者や家族との関わり方や自身の心の在り方を考えるきっかけとなる講演でした。

「小児・若年者におけるメンタルヘルス問題へのアロマセラピー」デブラ・マカダム氏・英国IFPA認定アロマセラピスト

クリニカルアロマセラピストとして20年以上の経験を持つデブラ・マカダム氏は、青少年精神健康(CAMH)分野での活動を中心に、入院患者と市民コミュニティチーム内でのケアを行っています。デブラ・マカダム氏のアプローチは、従来型のカウンセリング療法(言語的コミュニケーション)にアロマセラピー、スポーツマッサージ、ホットストーン、インディアンヘッド、レイキなどの各種自然療法を組み合わせたユニークで革新的なもので、小児・若年者の精神的健康の症状改善と、積極的なメンタルヘルスの向上に大きな成果を上げています。

デブラ・マカダム氏は講演の中で、自身が活用している関係性構築のメソッドや精油を用いたテクニックについて解説し、これらがメンタルヘルスケアのニーズが非常に高い小児・若年者に対しどのように役立つのかを示しました。また、アロマセラピーを用いた症例について、本人とその家族から得た実際のフィードバックを通して紹介しました。小児・若年者へのケアにおいて、彼らの両親を治療に参加させることで、親子の関係の改善に役立ち、治療室の中だけはなく家庭においてもアロマセラピーが効果を発揮するとデブラ・マカダム氏は述べています。本講演は、小児・若年者のメンタルヘルスに関わるセラピストにとって非常に役立つものであったことは言うまでもありませんが、患者のニーズに合わせた評価法とケアプランの構築、実践に至るまでのプロセスを紹介することで、全ての現場において大いに役立つ内容でした。

「アロマセラピーの植物化学に基づくマスターブレンディング」コーリーン・クイン氏・英国IFPA認定アロマセラピスト、コスメティックフォーミュレーター、研究者

補完療法とクリニカルアロマセラピーをベースにコスメティックフォーミュレーターとして活動するコーリーン・クイン氏は、自身のブランドを開発する際の精油調合における化学成分の計算方法から着想を得て、革命的な化学に基づく植物製品のブレンディングツールLabAromaを開発しました。

講演の中でコーリーン・クイン氏は、「植物療法で治療効果を挙げる秘訣は、アロマセラピストが植物化学を理解し、研究でそれを裏付けることである」と述べ、心と身体、更に深いレベルに対して働きかけるために、化学成分に焦点をあてることの重要性を説明しました。また、化学的な分類ごとの様々な特徴や相違点、精油それぞれの化学的プロフィールについても紹介しました。アロマセラピストが精油の化学成分の分類や化学物質についての理解を深め、化学を身近なものとして感じ、植物の化学に基づく精油調合に対しての自信を持つことができるような内容でした。

おわりに

今回のカンファレンスとその講演内容は約1年半前から企画準備されていたものでしたが、奇しくも新型コロナウイルスのパンデミックにより、精油を「嗅ぐごと」による効能への関心が高まる中、精油吸入がもたらす脳への作用の新しい見解が発表されるなどタイムリーに役立つ内容が盛りだくさんのカンファレンスとなりました。

オンライン上のカンファレンスに変更になったことで、従来のカンファレンスの風物詩であるティーブレイクや懇親会での交流は見られなかったものの、「都合で家を空けられないが、オンラインだったので参加できた」「何度も繰り返し観ることができて理解が深まった」というこれまでにないフィードバックも得られました。オンライン開催というのは、これからの時代のカンファレンスやイベントの1つの在り方となるのでしょう。

日本人のIFPA会員からは「ずっと憧れていて参加したいと思っていたIFPAカンファレンスに日本語通訳付きで参加できて良かった」という声が多数聞かれ、実行委員の一員として今回のカンファレンス開催に関わることができて大変嬉しく思いました。IFPAでは、今後も会員の皆様に役立つ日本国内の勉強会やイベントなどを開催していく予定です。

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