SEMINARS & EVENTS

●認知症、がん、緩和ケアにアロマセラピーを役立てる●
~医療現場で行うクリニカルアロマセラピー開催報告~
2021年(IMSI学院長 冨野玲子)

2020年10月、オランダのクリニカルアロマセラピーの第一人者で、Kicozo, the Knowledge Institute for Complementary (Nursing) Care校長のマデレイン・ケルホフ氏によるオンラインセミナー「医療現場で行うクリニカルアロマセラピー」が自然療法の国際総合学院IMSIの主催で開催されました。

オランダで実績を挙げているクリニカルアロマセラピーをマデレイン氏から直接学ぼうと、全国各地からアロマセラピスト、看護師、介護士など、55名がオンライン上にて参加しました。

 

オランダのクリニカルアロマセラピー事情

インヘーラーとアロマパッチ

オランダは、世界で初めて安楽死を法的に認めた国であり、医療においては「患者の意思を尊重すること」を大切に考える風潮があります。そのような中、緩和ケア、在宅医療などが進んでおり、アロマセラピーは患者のQOL向上に欠かせない補完療法として役立てられています。

医療現場でアロマセラピーを活用する方法として、大きく分けて2つの方法があります。

1つは、アロマセラピストが患者を訪問し、直接ケアを行う方法です。ケアの方法は、マッサージや湿布、足浴、オイル塗布などがあります。もう1つは、依頼を受けたアロマセラピストがグッズを作成して現場に送り、患者本人や親族、介護者に使ってもらうという方法です。ディフューザーによる拡散のほか、インへーラー(吸入器)やアロマパッチ(精油を垂らして胸元に貼るシール)などが挙げられます。

オランダでは、日本と同様に、アロマセラピーが医療として正式に認められている訳ではありません。そういった中、医療現場でアロマセラピストが活動していくためには、信頼関係が何よりも大事だとマデレイン氏は述べています。そして、信頼を得るためには、アロマセラピストがしっかりとした訓練を受けることと、エビデンスのある精油やCO²を使うことが重要なのです。

 

高齢者と認知症のためのアロマセラピー

「ある学会で、嗅覚が低下した高齢者は香りのケアは効果がないという発言がありましたが、実際の現場では、患者の嗅覚が低下していても、アロマセラピーの素晴らしい効果が確認されています」と、マデレイン氏は述べています。

もちろん、高齢者にアロマセラピーを行う際に、注意しなければならないことがあります。例えば、高齢者はリウマチや糖尿病、高血圧などの持病があることが多く、薬を服用している可能性が高いということから、セラピストは、薬と精油の相互作用についての知識が必要です。

また、高齢者の皮膚は繊細で防御機能が低下しているため精油の分子を吸収しやすく、臓器は解毒力が低下していると考えられます。そのため、高齢者の皮膚に塗布する場合は、精油の種類の選択や使用量について細心の注意を払う必要があります。現場では、安全性についてのしっかりとしたガイドラインを持つことが重要です。

認知症患者のケアについては、本人にとっての良い記憶や懐かしさに繋がる香りを使用します。軽度認知症の方が、アロマセラピーを使った途端に、いきいきと植物にまつわる思い出話を語りはじめることもあり、驚かされるそうです。

例えば、ラベンダートゥルーの香りを使うと、実家の庭や昔訪れた公園の記憶が蘇る人が多く、またシナモン樹皮の香りを使うと、昔キッチンで料理をした記憶を思い出す人もいるのだそうです。

シナモン樹皮の精油は、皮膚刺激があることから使用しないアロマセラピストも多いようですが、インへーラーで吸入する手法は安全であり、認知症ケアに大変効果的です。マデレイン氏は、日本では、日本人にとって馴染みのある温州みかん、柚子、土佐小夏、ヒノキ、モミ、紫蘇など、様々な和精油を試すことを勧めています。

末梢神経障害、リウマチ性関節炎、筋肉の痙攣や疲労に使われる炭酸浴については、デモンストレーションを見せながらの詳しい解説がありました。

炭酸浴には末梢の血流と酸素供給量を増加させる効果があります。お湯の温度を低めに設定しても入浴部位の血行を促進させ、温める効果があるため、皮膚の弱い高齢者には有効な入浴法です。

 

がんケアのためのアロマセラピー

がんケアにおいて重要なことは、患者が感情面においても、身体面においても、ジェットコースターに乗っているような状態であるということを理解し、寄り添ってサポートすることです。また、患者の状態や症状はそれぞれです。幼児かもしれませんし、高齢者かもしれません。有効な治療法が見つかっている人とそうでない人もいます。常に患者や家族、医療者とコミュニケーションを取りながら、柔軟に対応していく必要があります。

化学療法の副作用の代表的な症状として、吐き気が挙げられます。吐き気に対してマデレイン氏が最も勧めているのは、ジンジャーCO²エクストラクトの吸入です。ほかに、ペパーミント、スペアミント、マンダリン、レモン、カルダモン、スパイクナード、ローマンカモミールなどの精油やCO²エクストラクトが紹介されました。がんの手術後の患者に対してアロマパッチをガウンに貼ったところ吐き気が抑えられ、リカバリールームを出て2時後に流動食を食べ、24時間後には普通食が食べられるようになり、体力が回復して予定より早く退院できたという症例報告もありました。

脱毛は、化学療法の副作用の中でも最も患者が気にする外見の変化です。アロマセラピーで脱毛を防ぐことはできませんが、治療が終了した数週間後に新しい毛が生えてくる時に備えて、良い頭皮の状態を保つことはできます。そのための頭皮ケアとして、アボカドオイル、タマヌオイル、アロエベラジェル等の基材にホワイトクレイ(カオリン)を加えてペースト状にし、ローズマリーとフランキンセンスのCO²エクストラクトを加えた頭皮マスクが紹介されました。

放射線治療後の皮膚炎のケアとしては、アロエベラジェルやローズヒップCO²エクストラクトなどの基材にサンダルウッド精油やヘリクリサム精油、ブルーカモミールCO²エクストラクトなどをブレンドし、患部に塗布します。患部に直接触れて塗布する場合、患者に自分で行ってもらいます。このほうが、手による摩擦の強さを加減できるため望ましいそうです。

感情のケアも大切です。マデレイン氏のおすすめは、患者に「好きな場所」を予め尋ねておくことです。そして、ブレンド精油を染みこませたインへーラーを嗅ぎ、目を閉じてもらい、好きな場所をイメージしてもらうのです。感情面のケアには、インへーラーのほかに、アロマパッチ、ロールオン、マッサージなど、様々な手法の中から患者の希望を聞きながら行っていきます。

ターミナルケア、緩和ケアとアロマセラピー

「終末期の段階にあるとき、患者が残りの人生を快適に過ごせるかどうかは、セラピストの手にかかっている」とマデレイン氏は述べています。患者には、恐怖や不安、罪悪感、悲しみなど、様々な感情の問題がありますが、親族ではないセラピストだからこそ、患者が心を開き、本音を話してくれることもあるのです。

終末期の患者の約8割が、ドライマウスや口内炎など口腔トラブルを抱えていますが、口腔ケア用のジェルやジャーマンカモミールやペパーミントなどの芳香蒸留水、ハーブティーなどを使うことで、改善が見られることも多くあります。ジェルを口に塗った瞬間に痛みが和らぐため、顔の表情が和らぐ患者も多いそうです。

ある終末期患者は、重度の口腔ヘルペスに罹り、見た目を気にして部屋に閉じこもってしまいました。看護師から相談を受けたマデレイン氏は、アロエベラジェル、タマヌオイル、カレンデュラCO²エクストラクト、ジャーマンカモミールCO²エクストラクトなどをブレンドした口腔ケアジェルを送り、患者に使用してもらったところ、2日後には痛みが治まり、5日後にはすっかり治ったとの報告がありました。その患者は明るさを取り戻し、残りの人生を、部屋に閉じこもることなく過ごすことができたのです。

「ターミナルケアにおいてのアロマセラピーでは、クリエイティブになることが大切。そして最後の数時間にもアロマを使うことを惜しまないで」とマデレイン氏は言います。ターミナルケアでよく使う香りはフランキンセンス、ローズ、ネロリ、マンダリン、スイートオレンジなどの精油で、アロマパッチに垂らしてパジャマの襟に付けたり、ティッシュやコットンに垂らして枕元に置くだけで呼吸が楽になり、家族と良い時間を過ごすことができたという例を、幾度となく見てきたそうです。

別れの時間を過ごすにあたり、一晩中起きていなければならない親族には、インへーラーがとても役立つそうです。部屋に拡散させる方法とは違い、インへーラーは、使っている人だけが香りを感じるという利点があります。そのため、患者には刺激が強すぎると思われるシネオール系の精油も親族が安全に使うことができるのです。

セミナーの最後には、マデレイン氏自身が、母親をアロマケアをしながら看取り、蒸留水とアロマオイルを使って死後のケアをしたという話が、写真と共に紹介されました。母のケアを自身の手で行うことで親子の関係が深まり、自分の心のケアにもなったとマデレイン氏は語りました。

おわりに

「アロマセラピストは、ただアロマセラピートリートメントを施す人ではない」。3日間のセミナーを通して、マデレイン氏はこのメッセージを繰り返しました。マデレイン氏の考えるアロマセラピストとは、「医療と患者の架け橋」です。そのためには、アロマセラピーの知識や精油のエビデンスは勿論のこと、患者に寄り添う姿勢、病気や医療についての知識、患者と親族、医療者とのコミュニケーション力など、ほかにも重要な要素がたくさんあります。

今回のセミナーで紹介された数々の手法は、マデレイン氏が20年以上の年月をかけて試行錯誤しながら生み出したアロマセラピーのケアであり、日本では手に入れ難いCO²エクストラクトも多く紹介されました。でも、レシピをそのまま真似して使う必要はなく「日本人に合ったケア方法を探してください」とマデレイン氏は言います。今回、マデレイン氏から具体的な手法だけでなく、アロマセラピストとしての姿勢や考え方を深く学ぶことができ、アロマセラピーの可能性が大きく広がった有意義なセミナーでした。

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