SEMINARS & EVENTS

●医療と介護の中で行う痛みマネジメント●
~英国のホスピスで生まれたHEARTS開催報告~
2021年(IMSI学院長 冨野玲子)

2021年5月、オランダのクリニカルアロマセラピストで心理学者のジョナサン・ベナビデス先生による医療・介護の中で行う痛みのマネジメント~HEARTS~のコースが開催されました。

全国から、アロマセラピスト、看護師、特別支援学校教員、ケアワーカー、介護士、言語聴覚士、会社員、家族のケアをしている方、ボランティア活動をしている方など、たくさんの受講生が参加され、素晴らしいゴールデンウイークとなりました。

 

何故、痛みのケアにアロマセラピーなのか

講座の最初に、ジョナサン先生より「何故、痛みのケアにアロマセラピーなのか?」というお話がありました。

ジョナサン先生が25年前に初めて担当したがん患者さんは、8歳の男の子でした。末期がんで身体の痛みを訴えていた彼は、「ネロリを嗅ぐと、天使が来て、痛みを持って行ってくれる」と言って、好んでネロリを嗅いでいたそうです。彼自身が天使になった後、母親がネロリをディフューザーで焚いて彼のことを想い出しているのを見た時、「アロマセラピーこそ自分の道具だ!」と決意。その後、英国マンチェスターのがんの専門病院クリスティホスピタルで、HEARTSというテクニックに出逢い、そこから心身の痛みや孤独の専門家として活動しているのだそうです。

 

HEAETSとは

HEARTSとは、「Hands on 手で触れる」「Empathy 共感」「Aromas アロマ」「Relaxation リラックス」「Textures 触感」「Sound  音」の略で、英国のホスピスで補完療法のセラピストによって開発されたテクニックです。

元々は、ターミナルケアにおける緩和ケアを目的としたテクニックで、ベビーから高齢者まで、身体・精神・スピリチュアルな痛みにも対応することができる、即効性のある痛みの緩和ケアです。末期の患者さんでも、モルヒネの量が抑えられ、安定した思考で家族と会話ができ、旅立ちの準備をサポートすることができるそうです。

 

HEARTSのテクニック

HEARTSは、クライアントが座った状態でも、横になった状態でも、どちらでも行えるテクニックです。服は着たままで行い、時間は5分~30分と、クライアントに合わせて行います。最大の特徴は、決まったルーティングなく、5つのシンプルなテクニック(ホールディング、パーミング、ストロークなど)をセラピストが自由に組み合わせて行うということです。

炎症の痛みや、腫瘍の痛み、神経痛、手術、生検、化学療法や放射線療法に関する痛み、便秘による腸の痛みや褥瘡、感染症による痛みなど・・・、痛みの種類は多くあります。セラピストは、時には腫瘍のある部位の上をじーっとホールディングすることもあるし、痛みのある部位から意識を逸らすために、別の部位に触れながら、下へ、下へと意識を誘導することもあります。

オレンジ精油を使ったジョナサン先生のデモンストレーションは、その絶妙な声かけと柔らかな手の動き、眼差しにジョナサン先生の優しさがいっぱい溢れていて、画面越しで観ているだけでも、ウットリしてしまいました。シンプルですが、本当にクリエイティブ。先生が「この手法は、即効性があります!」と自信たっぷりに言うところが、とても頼もしかったです。

 

ジョナサン先生によるHEARTSの応用

ジョナサン先生は、HEARTSの手法を、ターミナルケアだけではなく、様々な心身の痛みや孤独を持つ方に広く適用しています。そして更に、アロマセラピーのブレンディングと注意転換法(痛みから気を紛らわせる方法)などを加えた、ユニークなセラピーを考案しました。

「セラピストは、クリエイティブであれ!」とは、ジョナサン先生の名言です。基礎をシッカリと学ぶことは大切ですが、そこからドンドンと花開くように、現場ではクリエイティブにセラピーを行っていくことで、様々なニーズを持つ患者さんに対応することができるのです。

 

Train to the Light=光への列車の旅

「Train to the Light=光への列車の旅」とは、究極のイメージ療法で、患者さんはアロマを嗅ぎ、タッチを受けながら、目を閉じ、セラピストの誘導従って旅に出ます。

ある患者さんは、家族でたびたび訪れていたスペインを旅して、ギター音楽とともに歌ったり踊ったり、ワインを飲んだりして、大切な人たちと楽しい時間を過ごします。そして、一人ひとりと会話をする時間を持ちます。患者その間、痛みを忘れるだけでなく、心を開放し、愛を感じ、自分の人生を祝福し、謳歌しているのです。

それまで、病院の中で一日中痛みと闘っていた人が、痛みがあることすら忘れてしまう瞬間が多々あるのだそうです。

 

Remembering & Honoring You思い出し、尊ぶ

「Remembering & Honoring You = 思い出し、尊ぶ」は、「思い出の人と対話」で痛みを緩和させる、「マフ」を使ったワークです。「マフ」とは、手を温めるための防寒具ですが、これにボタンや鍵やポンポンなどの飾りを付けることで、様々なテクスチャ(触感)を持つ素敵なセラピーグッズとなります。

クライアントは、マフの肌触りを味わい、思い出の香りを嗅ぎながら、「思い出の人」と会話を行っていきます。思い出の人とは、天国にいる両親かもしれませんし、旦那さんかもしれません。子どもが天国に行ってしまった両親の精神の痛みにも、このワークを行うのだそうです。その場合、クライアントはマフを撫でながら子と対話し、その間中、セラピストはクライアントを撫で続けるのだそうです。この触感を使ったワークは、認知症の方にも、パーキンソン病など運動感覚障害を持つ方にも役立ちます。

 

アロマセラピスト=精油を使う人ではない

どんなHEATSのワークでも、「香り」はとっても重要な要素です。でも、全てのクライアントが植物にまつわる思い出を持っている訳ではなく、時にアロマセラピストとして難しい香りのリクエストをもらうこともあるそうです。

例えば、ある末期がんの患者さんは、ノルウェーの漁師町出身で、お父さんと旦那さんと対話するために「船の香りを嗅ぎたい」と言ったそうです。そこで、ジョナサン先生が取った行動は・・・!? なんと、石油を入手して、何とかして「船の香り」を創り出したそうで、患者さんがボトルを嗅いだ瞬間「ああ!父の船!」と言った幸せな表情が、ジョナサン先生は今も忘れることはできないのだそうです。

 

おわりに

ジョナサン先生の豊富な経験から溢れ出る知識、そして「知っていることは何でも惜しみなくシェアしてくれる」というお人柄から、本当に沢山のことを学びました。そして、画面越しであっても、HEARTSのデモンストレーションは、美しくて、愛に満ちていて、強くて、セラピストに希望を与える内容でした。

緩和ケアとターミナルケアの領域で長年経験を積み、数え切れない程の生と死に向き合ってきたジョナサン先生。受講生さんから「ジョナサン先生自身のセルフケアはどうしていますか?」なんていう質問も、自然に飛び出しました。クライアントの家でセッションを行った帰り道、自転車に乗りながら涙が止まらなくなって、同僚に電話をして自分がセラピーを受けたこともあるそうです。「セラピストも一人の人間。自分のためにアロマを使ったり、森林を散歩したり、他のセラピストからセラピーを受けたりしましょう!」という言葉が 印象的でした。

「セラピストが介入することで、QOLは人生の最後の最後まで保つことができる!」今回のワークショップを通して、ジョナサン先生が繰り返し伝えていた名言です。そのためには、愛を持って接すること、そして、クライアントと自分を重ね合わせて「自分だったらどうして欲しいか」を考えて行動することが大切です。

「自分の人生の最後は、どのように過ごしたいか?」そんなことも考える、良いきっかけとなり、とても深い学びとなりました。もちろん、この学びは、普段は緩和ケア領域で働いていないセラピストであっても、どんなセラピストにとっても大切なことです。

ご受講された皆さん、ありがとうございました。HEARTSテクニックの公式コースは、日本で初開催でした。これから、HEARTSのタッチを受けるクライアントが日本で増えていくこと、とても嬉しく思っています。必要な人の手にセラピーの手が届きますように、共に活動していきましょう。これから私もしっかり復習してセラピスト活動に役立てていきたいと思います。


IMSIの英国IFPA資格取得コースには、「タッチ(トリートメント)&ノンタッチ」の両方の専門家として活躍できるディプロマコースと、「ノンタッチ」に特化した専門家を育成するコンサルタントコースと、2種類あります。

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